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背徳の炎・後



アパーシャはがむしゃらに駆け続けた。
頭の中は文字通り真っ白で、空っぽで、
ただ危険から己を遠ざけると言う本能だけが、心身を突き動かした。
いつの間にか、ごつごつとした岩場から森の細道へと場を移していた。
だがそんな視覚情報も今の彼女の脳にはしっかりと伝わらない。
地面の感触が変化しても、そんな事はどうでもよかった。

地を這う太い根に足をぶつける。
それを支点としてアパーシャの身体は勢い良く弧を描き、うつ伏せに転倒した。
痛みを感じる暇もなく上体を起こし、咄嗟に後ろを振り向いた。

誰もいない。
地中海が近いのだろうか、潮の香りを孕んだ風が一陣吹き、
頭上で緑葉がさざめき合う音が耳に纏わり付いた。

敵の気配がない事に多少の落ち着きを取り戻し、
アパーシャは上体を起こした姿勢のままで呆けていた。
直後に、あの場に残ったヴェノム、そしてヘッドギアの男が頭に蘇る。

あの男に異常なまでの殺意をぶつけられた事を思い出し、脳裏に冷たい戦慄が走った。
けど逆に考えれば、廃都市の男と同様に、ずっと探してきた記憶の手掛かりを知っているという事。
恐ろしい存在であると同時に、重要な存在なのだ。

だが、問題はヴェノムである。
彼の強さは身を以って判ってはいる。が、それでもあの男に太刀打ち出来る気がしない。
このまま逃げてしまえば、彼を見殺しにする事になると直感した。

ヴェノムを助けに行かなくては―――だが、戻ったところで何が出来る?
動物的本能があの場に戻る事を強く拒絶している。
だからと言って、ヴェノムをこのまま見殺してしまえば、
何れ自分が困る事になるのは明らかである。

猶予を許されない決断に、アパーシャの緊張が急激に高まる。
極限に近いストレス状態に心臓が強く圧迫され、息が苦しくなった。
再び立ち上がり、駆け出さないといけないのに、足がすくんで動けなかった。

「(どうすればいいの…)」





ヴェノムは相当な苦戦を強いられていた。
定石どおり、慎重に立ち回り、ソルの動きを的確に捉え、
瞬時に最良の攻め手を組み立てては絶え間なく攻撃を仕掛け続ける。

しかし、ソルの反射速度は並相当なものではなく、
次々と襲い来るボールの軌道を一瞬で看破、
機敏な身のこなしで避け、時には豪炎の壁を以って焼き尽くす。

そしてソルの攻撃はと言うと、大雑把な狙いしかつけずに、
直角的なデザインの独特な剣を力任せに振り回すと言うものであった。
太刀筋は乱雑極まりないが、その踏み込みの速さは恐ろしく、得物を振り回す腕力はまさに人外の域。
これをまともに食らおうものなら、人の身体など強引に真っ二つに引き裂かれるであろう。

動きの大きさに付け入ろうとしても、前述の反射速度と豪炎がそれを阻む。
かなりの荒々しさではあるが、相当の修羅場を幾度も踏んだ者にしか成しえぬ隙の無さであった。
この攻防はまだそんなに長くは続いていないが、ソルは表情を一切崩さず、体力も底無しに見えた。

「(成程…文字通り、小細工など露も効かぬか)」

圧倒的不利な状況であっても、ヴェノムは冷静さを失わないでいた。
彼が戦うべき者は、ソルと同等かそれ以上の力を誇る存在なのだ。
この戦いは、それを打ち倒す糧にしか過ぎなかった。

あらゆる攻撃を悉く防がれながらも尚、
ヴェノムは激しく動き回ってはボールを生成、素早く死角を狙って正確な射撃を続ける。
しかし、ソルの間合いに入り込む事は出来ない。
踏み込んだ瞬間、身体が真っ二つにされるか、豪炎に焼き尽くされるかだ。
―――だが、攻略の糸口は必ず存在する筈。
それを見つけるまでの間は、決して一撃をもらうわけにはいかない。
時間は掛けられない、持久戦になれば状況は更に悪くなる。

―――テメェに用はねぇって言ってんだろうが!!」

痺れを切らしたかの様に、ソルが突如怒号を上げた。
同時に動きも止め、逆手に剣を持って構えなおし、低く掲げる。

「むっ…!」

瞬時に危険を察知し、ヴェノムは防御体制をとった。
そして、ソルに強大な法力が集中していくのがすぐに感じ取れた。

「(…何と言う量の法力!!)」

それはヴェノムが今までに見たことが無い程の、あまりに膨大な法力。
こんなものの直撃を食らえば、生身では一溜まりもないだろう。
これが『神器』の力…いや、この男の力だと言うのか!

「消し炭になれェッ!」

膨大な量の法力を全て『神器』に注ぎ込み、ソルはそれを思い切り地に突き付けた。


ズドォォォオオオ――――――!!!


爆発の様な轟音と同時に、ソルの前方一帯に巨大な火柱が噴きあがった。
その高さはおよそ5mにも及び、視界の殆ど炎に染まった。
活火山を思わせる程に火柱の勢いは凄まじく、連鎖発生した猛烈な熱風が周辺の岩場を凪ぎ倒した。

火の粉が数多となく宙を舞い上がり、やがて炎の嵐は治まっていく。
それを見届け、ソルは静かに『神器』を地から引き抜いた。

前方の視界がようやく開けると、超高温に焼き尽くされ、黒く煤けた岩場が露呈された。
そしてその中心で、ヴェノムがうつ伏せに倒れていた。
インパクトの瞬間、法力の膜を張ることによりダメージの軽減を図ったのだろう。
確かに軽減には成功はしたが、それでも尚ダメージは甚大であった。
全身に火傷を追い、明らかに戦闘の続行は不可能である。
死亡しているのか、単に気を失っているのか定かではないが、動き出す気配を見せない。

それを確認すると、ソルは臨戦体制を解除し、ゆっくりと歩き出した。
ヴェノムにトドメを刺す訳でもなく、横たわる彼に視線をやる事もなく素通りする。
彼の標的は一つだった。





「!!」

再び、アパーシャの脳に重い刺激が圧し掛かる。
先刻のそれと同じく、鋭い悪寒、続けざまにチリチリと焼け付く様な戦慄。
僅かながら落ち着きかけていた鼓動が、また激しさを取り戻す。
決して忘れる事の出来ない、あの時の感覚だった。

「(…ヴェノム!?)」

一瞬だけ彼の安否が脳裏をよぎるが、それ以上詮索している余裕すらも叶わなかった。
今や、炎と彼女の間を遮るものは皆無であった。

「(そんなっ…!)」

地にだらしなく落としていた腰を乱暴に持ち上げ、再び脱兎の如く走り出す。
あれからどのぐらい走り、どのぐらい距離を開けて来たのは判らないが、
このまま逃げ切れるとは微塵も思えなかった。
何れは追いつかれ、訳もわからぬまま命を奪われる事になるのだろう。
そう思っただけでも胸が張り裂けんばかりに苦しくなり、恐怖に涙が溜まった。
不快な戦慄が、段々と強まっていくような気がした。

まばらに生える木々の向こうに、光が広がっているのが見えた。
どうやらずっと走ってきたこの森を抜けようとしているのだろう。
とは言え、今のアパーシャにはそんな事はやはりどうでもよかった。
彼女はただ、自分の命の安全を保障出来る場所が欲しかった。
しかし、そんな場所など決して存在し得ないと判っている気もした。

「…ッ」

足を止める。
森を抜けて目に飛び込んできたものは、 黄褐色の砂浜と、水平線まで延びる鮮青色の地中海。
両脇に目をやると、切り立った崖が道を塞ぎ、今来た以外に道らしきものも無い。
早い話、行き止まりであった。
心地良いさざ波の音が、繰り返しては彼女の耳に響いた。

焦りが生じて、今来た道を振り向いたが、とても戻ろうとする気にはなれなかった。
うなじが焼け付く不快感はますます強くなっているし、
あの赤いヘッドギアの男との距離を自ら縮める様な行為は怖くて絶対に出来ない。

事実上の逃げ道は無くなり、背後からは自分を殺そうとする敵が迫ってきている。
極限状態の中でアパーシャは、生き延びる方法を必死で模索していた。
逃げることは出来ない、隠れたっていずれは見つけられるかもしれない。
戦ったって勝ち目なんてない、ヴェノムもいない。

「……」

頭の中が極度のストレスに満たされ、精神的苦痛に呻く。
ふらふらと砂浜へと足を進めるが、やはり逃げ道らしい逃げ道は見つからなかった。

   ドクン 

ジェノバの時と同じ様に、また心臓が一つ大きな鼓動を打った。
思わず息が止まり、こんがらがっていた思考が一瞬で吹き飛び、心拍数が急激に上がる。

あのヘッドギアの男が、後ろを向いたアパーシャの視界に入っていた。
まだ遠くにいたので姿は小さかったが、一歩一歩着実に森の中から此方に向かってくる。
ヴェノムと交戦したはずなのに、傷一つ追っていなかった。

身体中がガチガチになり、とりあえず双刃剣を組み立てる両手が震える。
ヴェノムから仕込まれた実戦のノウハウも、今の状況では役に立ちそうにもなかった。

距離がじわじわ狭まる。
アパーシャはこれと言った打開策も閃くことが出来ず、無意識に後退りするしか出来なかった。

90m…85m…80m…75…70…65…

ピチャッ

足元の不自然な感触に思わず小さな悲鳴を上げ、視線を落とした。
海岸に何度も打ちつけられる波が、絶えず等間隔で彼女の両足を飲み込んでは引いていった。
構わずアパーシャは海の中へと逃げるが、
膝まで海に浸かったところでこれ以上は逃げられないと判断し、足を止めざるを得なかった。

ソルはもう50mあるかないかの距離まで迫ってきている。
目の前の賞金首から全く戦意が感じられないからか、
臨戦態勢も取らず、「神器」も構えず、露骨なまでに無防備な状態でどんどん歩み寄る。
この状況を打破せねば、数秒の後には間違いなく殺されるのだろう。

此処に来て、アパーシャの脳裏に不意にある記憶が蘇った。
つい最近にも、こんな絶体絶命の状況を経験した覚えがある。
ジェノバに到着するまでの道筋半ばにて、ヴェノムが突如自分を殺そうとしたあの夜。

―――けど、目の前の敵は、どう考えても自分の力量に負える相手ではない。
そうであっても、戦う事でしか生き延びる事はできないのか?
これは偶然に降って掛かった災厄なのか、何かが彼女へと課した試練なのか?
しかし、それを知る術などあるはずもなかった。
男に対する怯えと恐怖はますます強くなる一方である。

「……」





ずっと無用心に距離を詰めて来たソルが、不意に足を止める。
アパーシャが怯えながらも何らかの構えを取ったかと思うと、
彼女の周囲に法力によるものと思われる冷気が生じ、取り巻き始めた。
その力強さは並の使い手の比にならず、ソルは僅かに眉をひそめる。

―――ほう、やる気か。

心の中でそう呟くと、アパーシャの冷気に呼応するかの様に、
立ち止まったソルの足元からも、凄まじい勢いの爆炎が噴き上がった。


落ち着いて、落ち着いて、法力の制御に専心するのだ。
背後には海がある。地の利はこちらにある。
地形を利用し、少量の法力で最大限の効果を発揮出来れば、何とかなるかも知れない。
いや、決して勝とうなんて思わなくていい。
全力で戦って、何とかして隙を作り出して、逃げる事が出来たらそれで良い…

アパーシャを包む海が異変を見せる。
彼女を中心に放射状に、海が凍っていき、徐々にその規模が大きくなっていく。
極限まで冷やされた空気が霜となり、周囲に広がっては消えていく。

ソルはその光景を見ても全く動じる事無く、ただ戦闘の準備を進めるアパーシャを睨み続ける。
彼の周囲でも、アパーシャのそれと対と成すかの様に、激しい爆炎が首をもたげていた。

やがて、アパーシャの半径10m一帯全ての海域が凍り付けとなり、彼女の領域となる。
依然として渦を巻き続ける冷気は規模も勢いも格段に増し、
それを操る術者は冷気の渦の中心で静かに佇み、目を閉じて瞑想に耽っていた。

彼女の領域に続けて異変が起こる。
氷面から、突起物が無数に生え始め、それがパキパキと音を立てながら天に向かって伸びる。
次第にそれは全長にして3mはあろうかと言う尖鋭な氷の槍を象って、氷面を離れて宙に浮かび上がった。
そんな代物が何本も何本も生成され、アパーシャの周囲を取り巻いた。

刹那、氷の槍の群れが一斉に動き、水平になる。
そして次の瞬間には、30本程もあるそれら全てが、
前方のソルに狙いを定めたかの様に、彼めがけて猛烈なスピードで滑空を始めた。

ソルは全く動じず、抵抗する気配も見せない。
このまま何もしなければ、彼は数多の氷の槍に身体を貫かれ、即座に絶命するだろう。

だが、氷槍の群がまさにソルを貫こうとした瞬間だった。
ヴェノムとの戦いの時にも見せた豪炎の壁が、再びソルの前方一帯を覆い、陽炎が発生する。
氷槍の一本一本がそれにぶつかる毎、激しい蒸発音が幾重にも重なっては消滅して行く。
それと並行して、アパーシャの領域内で同じ氷の槍が何十本も生成されて、
ソルへと向かって猛スピードで突進する。が、やはり炎の壁に阻まれては蒸気の様に消滅していく。

やがて両者の間を結ぶ空間を埋め尽くす程の数の氷槍が生成されては発射を繰り返し、
まるで川の激流を思い起こさせる様な光景が作られる。
だが、ソルを守る豪炎の壁は益々勢いを増すばかりで、アパーシャの攻撃は全く届かない。
その有様はさながら、ブラックホールを錯覚させた。

それどころか、ソルはこの氷の激流に抗って、止めていた足を再び進めだした。

アパーシャの強大な冷気が全てソルに襲い掛かっているにもかかわらず、
ソルはそれ以上の炎を以ってして、悉く退けて見せる。
この事実がソルとの力の差の証明として、改めてアパーシャに突きつけられ、
彼女の精神状態と、法力の制御を、激しく乱れさせた。


30…28…25…17…


「(―――来ないで、来ないで!何で倒れてくれないの!)」

自分が作り上げた領域に炎が踏み込んでくるのが感じ取れた。
今更、法術の行使を中断して逃げる事など出来ない。
無理矢理押さえ込んでいた恐怖が再び膨れ上がり、激流の勢いが目に見えて衰えを見せる。
一刻も早く炎の障壁を破り、眼前の敵を退けねば殺されると言うのに…!

「あっ…!」

不安に狩られて双眸を開き、アパーシャの背筋が凍りつく。
まさに目の前に、赤いヘッドギアの男が絶対零度の中で灼熱を纏って、立ち塞がっていた。
男は長身で、アパーシャの身長は男の首元ぐらいで止まっていて、彼女は思わず上を見上げた。
そして男は、無機質で冷めた殺意を視線に宿し、彼女の頭上から落とした。

  ドゴッ

次の呼吸の瞬間、アパーシャの腹部に炎を纏ったボディブローがまともにめり込む。
華奢な彼女の肢体が、その重い一撃に耐えられる筈もなかった。
あまりの苦痛に呻き声すらも出せず、
喉の奥から血反吐を吐き出し、一瞬にして視界が暗転し、意識が彼方へと飛んだ。

全身から力が一気に抜けて、双刃剣が手から落ちて水中に沈む。
アパーシャはその場にがくりと膝を落とし、崩折れた。
それと同時に、彼女が制御していた絶対零度の領域が速やかに自然消滅していった。

倒れた彼女は完全に海中に沈み、水色の美しい髪がゆらゆらと水に舞う。
ソルが手を下さずとも、放って置けばこのまま死ぬだろう。
だが、彼はそうする気もなかった。

炎の障壁が消え去り、今度は右手に握られている『神器』から炎が噴き上がる。
そしてそれを逆手に持ったまま掲げ、足元に横たわっているアパーシャの頭上に運ぶ。

「!!」

しかし、ソルは突如目を見開き、大きく後方へ飛び退いた。


たった今気絶したはずのアパーシャが、徐に起き上がったのだ。
ゆっくりと立ち上がりはしたものの、
挙動はどこか覇気がなく、視線は虚ろで、両手はだらりと前にぶら下げている。
足元に沈んだ双刃剣を拾おうとする素振りも見せない。
明らかに様子がおかしかった。
先刻までの恐怖と怯えに満ちた挙動は何処かへと消え去り、
代わりに生存本能から来るそれすらを超越する、純粋な殺意を宿していた。

それを見たソルは大きく舌打ちし、より大きな爆炎を起こした。

―――やっと本性出しやがったか、死に損ないが!!』

アパーシャがゆっくりと右腕を水平にあげる。
直後、彼女から先程よりも膨大な量の法力が、冷気として直に発散された。
数刻前とはまるで違うその法力の強大さと無秩序な制御に、さしものソルも初めて身構えた。

直後、発散された冷気が再び絶対零度の領域の形成を始める。
アパーシャの周辺の海が一瞬にして凍り漬けとなる。その速度は尋常ではなかった。
領域内の大気が急激に冷却されては雪となり、術者が制御する法力の潮流に巻き込まれていく。
質、量ともに先程のそれとは一線を画した冷気は、僅かな隙も無く領域を満たした。

パキパキと同じように、氷が生成される音が響く。
しかし今度は凍らせた海からではなく、上空からであった。
大気そのものが凄まじい速度で凝結され、
先程との氷槍とは比にならない、巨大な氷のクサビが生成された。
それが上空を埋め尽くさんばかりに作られて、ソルへとその切っ先を向けていた。

アパーシャは水平に挙げていた手をゆっくりと上にあげ、そして振り下ろす。
それに呼応し、巨大なクサビの群が一斉に地表へと猛スピードで降り注がれた。


ガガガガガガガガガガ―――!!


クサビ同士が激しくぶつかりあい、耳を劈く様な大きな破砕音を立てる。
破壊力も規模も段違いであるが、照準が必要以上に広範囲で、
ソルを狙って攻撃しているというよりは、まるで無差別で暴力的な破壊行為そのものであった。
だが、それでも尚彼を護る障壁を破るには足りなかった。


鼓膜を破らんばかりの破砕音だけで場が満たされる中、 アパーシャは再び右手を上げ、掌をソルへと向けた。
そして何かを念じる様な仕草をした後、突如異変が起こった。


シュパァアアアア――――――


突如強烈な吹雪が生じ、ソルへと向けて強烈な冷気が照射される。
かつての廃都市の時と同じく、対象範囲一帯が一瞬にして氷漬けになり、空間が急激に冷却された。
同時にそれは、豪炎の結界の機能を確実に低下させていた。

「ちぃっ!!」

ソルが防戦一方になる程に余裕を失っていた。
障壁の制御に意識を削がれ、身動きが取れない程にアパーシャの攻撃は激しかった。
豪炎の壁は辛うじて彼女の猛攻を防いではいるが、
少しずつその機能を失っていき、今や氷と炎が相殺しあい、対消滅するまでになっている。
現状が続こうものなら、何れは冷気が障壁を突破し、術者を一瞬にして屠るだろう。

此処まで来て、アパーシャの冷気の勢いは尚激しさを増す。
明らかに法力の絶対量は、ソルのそれを超えている――――――が、
同時に彼女、否、人間が持ち得る法力の限界すらも遥かに超えているはずであった。
生身でこれだけの法力を直接放出していれば、間違いなく負荷に耐え切れなく絶命しているはずだった。

「!」

これまでずっとソルを護り続けてきた炎が、今まさに決壊しようとしていた。
その外部では視界を埋め尽くさんばかりの氷の弾丸の雨が、未だ彼目掛けて突進を続けている。
氷と炎の境界線が破られた瞬間、彼は跡形も残らず蹂躙されるだろう。

「…調子に乗りやがって!!」

ソルがそう吐き捨てると同時に、彼を象徴する額の赤いヘッドギアを左手でかなぐり捨てた。
その瞬間、炎の領域が急激な膨張を始め、極限まで張り詰めた空気が一気に弾け飛ぶ。


ドォォォォォォォ―――――――――!!!!


ソルを中心に、大爆発と間違える程の巨大な円柱型の火柱が巻き起こった。
ヴェノムの時とはまるで比べ物にならない規模で、海岸を丸ごと炎の中に包み込む。
紅蓮に燃え猛る獄炎は天を衝く程までに立ち昇り、氷の領域を一瞬の内に打ち砕き、
アパーシャを飲み込み、周辺一帯を例外なく無差別に焼き尽くした。